ブラジルで、ゴム樹液採取者の権利を守るため戦っていたチコ・メンデスが残酷にも殺されてから、20年近くがたちました。彼のもっとも有名な伝説といえば、資源の採集が許された自然保護区でしょう。森林を適切に管理することと引き替えに、その森で暮らす人々の権利を保障する保護区です。2000年までにブラジル政府は、合計340万ヘクタールのそのような保護区を16区画、指定し、さらに16区画の指定を検討していました。
資源採集が許された自然保護区には、賛否両論が寄せられています。住民は森林を破壊するという人もいます。そのような保護区は、住民に果てしない貧困を強いるものであるという人もいます。1989年から2002年にかけて、最初に指定された保護区で実際に何が起きたかが、世帯調査と衛星データの解析により明らかにされました。
1990年、ブラジル政府はアクレ州の僻地アルトジュルア(Alto Jurua)に地域住民による森林資源の利用を許可した自然保護区を指定しました。アルトジュルア保護区は、約50万ヘクタール、4600人が暮らしています。地域住民たちは、管理計画を作成し、ブラジル環境庁に承認されました。その計画は、農民たちが開墾してよい森林面積を制限し、商業目的の狩猟と伐採を禁止しています。
保護区が指定された直後、森林減少が少し進みましたが、その後は落ち着いています。そして、保護区の99%は森林に覆われています。これは、近くにある先住民族の土地や自然保護区と同様で、森林を大きく切り開く土地改革による入植と違っています。保護区の奥から出てくる住民が増えたため、奥地ではジャガーやバクそしてサルの個体群が増加しています。
ゴムの価格が安くなったため、農民達は、ゴム採集はあまりせず、大豆や牛や豚を生産しています。その一方、政府からの年金や労働が、最大の現金収入源となっています。早い時期に保護区を離れた人々もいますが、今では97%の人が保護区に残って暮らしたいと希望しています。
全体として、いろんなことが非常にうまくいっています。政府は、保護区に出費せざるを得ませんでしたが、賢いお金の使い方となりました。それ以上に、ぐずぐず言うことはできないでしょう。チコも誇りに思ってくれるでしょう。